診療ガイド

輸入真菌症診療ガイド 


※以下を必ずご確認の上、お進みください
 

  1. この内容は、実地に則した十分な知識を有している医療関係者を対象に記載されていますので、その旨御了解下さい。
  2. 記載内容の正確さには十分注意していますが、数字その他に誤りが生じる可能性を否定するものではありません。また、記載内容は一般論ですので、個々の症例に当てはまることは確認されていません。このため、診療に当たり、最終的な判断は主治医が行ってください。
  3. 全体に簡便に記載されていますので、詳細は成書を参照してください。

輸入真菌症の定義

病原真菌の一部はわが国には生息しておらず、海外の特定の地域でのみ生息している。このような真菌による真菌症は特定の流行地域で風土病として見られるが、これを輸入真菌症と総称する。輸入真菌症は一般的に、

  1. 感染力が強く健常者でも感染する例が多い
  2. 検査中の感染事故が起こりやすい

などの特色があり、通常の真菌症とは異なった取り扱いが必要となる(これに対しわが国の真菌は比較的感染力が弱く、特に深在性真菌症ではクリプトコッカスを除くと、免疫力の低下したホストに日和見感染症として発症するのが通例である)。このため、多くの症例では、流行地を訪れた健康な日本人が滞在中に感染するといった経過をとる。

わが国では現在、コクシジオイデス症、ヒストプラズマ症、パラコクシジオイデス症、マルネッフェイ型ペニシリウム症、ブラストミセス症の5疾患を代表的な輸入真菌症として扱っている(ブラストミセス症はまだ報告がないが、将来わが国へ上陸する可能性がきわめて高い)。特にコクシジオイデス症以下の3疾患は、わが国での患者数が過去10年あまりの間に急速に増加している。

A. コクシジオイデス症

【1.病原体】
V二形性真菌Coccidioides immitisによる。真菌としては最も感染力が高く危険である。流行地はアメリカ大陸に限局しており、米国南西部(カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス)からメキシコ北部にかけてがもっとも多い。ほかに中南米各地にも散発的に症例がみられる。潜伏期は約1-4週間であるが、あくまで参考値に過ぎない。わが国ではこれまで42例あまりが発症し、約 85%がアメリカ合衆国での感染例である。近年は増加が著しく、毎年3-4名が発病が確認されている。

【2.病態】

原因菌は二形性真菌のC. immitis である。土中に菌糸形で生息し、環境が整うと成長して大気中に胞子(分節型分生子)を放出する。この分生子の吸入により感染する。胞子は肺で球状体へと成長し、大量の内生胞子を放出する。それぞれの内生胞子が再び球状体へと成長し、急速に感染が増悪する。

無症状や感冒様症状のみで自然治癒する場合、2)急性肺コクシジオイデス症、3)慢性肺コクシジオイデス症、4)播種型(髄膜、骨、皮膚等)の4型に大別されるが、これはホストの免疫能と菌の病原性とのバランスにより決定される。 Risk factorとして、細胞性免疫障害(AIDS、ステロイド剤投与、臓器移植など)、糖尿病、妊娠(特に後期)、COPDなどがある。人種差があり、特に黒人の感受性が高い。

【3.どのようなときに疑うのか】

症状・所見とも特徴に乏しいことが多く、積極的に疑わないと診断は容易でない。しかし、原則として患者には流行地への渡航歴があることから、流行地訪問・渡航歴を確認し、そこから本疾患の可能性を思いかべることが出来るかどうかか重要なポイントとなる。なお、本症は感染力が強いため、数時間の短期滞在を含めた綿密な渡航歴の聴取が必要である。

【4.症状、身体所見】

急性期
 感冒様症状(発熱、咳嗽、喀痰、胸痛など)、多形性紅斑、結節性紅斑など

慢性期
 咳嗽、血痰、体重減少等

播種性
 罹患臓器によって異なる。髄膜炎は概して症状が乏しく要注意

【5.検査所見】
一般検査
 炎症反応(CRP、赤沈)亢進、好酸球増加

特異的検査
特異抗体(血清、髄液)が、感度、特異度とも高く有用(わが国では本センターで測定や症例のコンサルテーションを行なっている。

胸部画像所見
浸潤影、胸水、結節、空洞、びまん性粒状影等多彩である。播種型では正常の場合も多く、注意する。


確定診断には培養あるいは病理検査による菌の確認が必要である。培養は喀痰、BAL、皮膚やTBLBなどの生検標本が用いられる。病理標本では、特徴的な球状体を確認する。しかし、これらは必ずしも容易に得られないため、これらによる診断が困難な場合は、抗体検査結果と臨床所見を合わせて診断する。

<培養に際しての注意点>
本菌の培養は感染事故(バイオハザード)が起こる可能性が高く、非常に危険であるので、必ずレベル3以上の実験室で熟練者により行う。本菌を疑った場合も同様であり、主治医はコクシジオイデス症を疑ったら、その可能性があることを検査技師に連絡しておかなければならない。

【6.治療】
以下に一般論を概説するが、本症にはさまざまなパターンがあるため、個々の症例には直接当てはまらない場合がある。詳しくは成書を参照されたい。

急性肺コクシジオイデス症:健常人に感染し症状が軽微であれば無治療で経過を観察する場合もある。治療する場合は、ジフルカン(経口あるいは静注)あるいはイトリゾール(経口)(300-400 mg/日)を投与する。期間は3ー6ヶ月程度とするが症例により大きく異なる。重症例ではファンギゾンの静注を用いる。

慢性肺コクシジオイデス症:結節影のみで無症状の場合は、しばらく経過を見てもよい。特に空洞例で、陰影が十分消退しない場合や症状が持続する例では、切除か抗真菌剤の投与を検討する。慢性線維化空洞性肺炎ではアゾール剤による治療を行う。

播種性コクシジオイデス症:治療は必須である。ジフルカン、イトリゾール、ファンギゾン等を用いる。髄膜炎、脳炎を伴う場合は、ジフルカン静注(400ー800 mg)やファンギゾンを投与する。中枢神経系などの重要臓器に感染した場合は特に予後不良である。

【7.感染症法との関連】
コクシジオイデス症は感染症法4類に指定されており、診断がつき次第、地元の保健所に届け出る。

【8.予防】
大部分が分生子の吸入による経気道的感染なので、流行地を訪れる際は、以下のような対策が考えられる。

  1. 極力外出を避ける(特に郊外)
  2. マスクなどを着用する。特に強風の日は危険。
  3. 地中に生息する本菌の掘り起こしにつながる作業(地震や農作業、発掘作業など)をしない。

いずれも完全なものではないので、危険因子(特に細胞性免疫障害のある場合や妊娠後期)を持つ場合は、流行地訪問を避けること。

【参考文献】

  1. 亀井克彦:わが国の輸入真菌症とその問題点. 真菌誌 46(1):17-20,2005.
  2. Johnson, S, Simmons K, Pappagianis D: Amplification of coccidioidal DNA in clinical specimens by PCR. J Clin Microbiol, 42(5): 1982-1985, 2004.
  3. Kamei K, Sano A, Kikuchi K, Makimura K, Niimi M, Suzuki K, Uehara Y, Okabe N, Nishimura K, Miyaji M: The trend of imported mycoses in Japan. J Infect Chemother 9(1): 16-20, 2003.
  4. Miyaji, M, Kamei K: Imported mycoses: an update. J Infect Chemother, 9(2): 107-13, 2003.
  5. CDC: Coccidioidomycosis among persons attending the world championship of model airplane flying–Kern County, California, October 2001. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 50(49): 1106-7, 2001.
  6. Pappagianis, D: Serologic studies in coccidioidomycosis. Semin Respir Infect 16(4): 242-50, 2001.
  7. Oldfield EC 3rd, Bone WD, Martin CR, Gray GC, Olson P, Schillaci RF: Prediction of relapse after treatment of coccidioidomycosis. Clin Infect Dis (5):1205-10、1997/LI>